村主章枝さんは、2000年代初頭から2010年頃にかけて、
世界のトップで戦い続けたフィギュアスケーターです。
世界大会でのめざましい実績を残し、日本女子フィギュア界をけん引してきました。
最大の武器は、高速スピンと豊かな表現力。
その表現力を徹底的に突き詰める姿勢から、
「氷上の哲学者」とも呼ばれていました。
そんな村主章枝さんが、
2月14日放送の
『あの金どこいった? 大金を失った有名人の壮絶人生を徹底取材!』
に出演します。
現役引退後は単身アメリカに渡り、
スケートコーチとして活動していると言われていますが、
現在はさらに別の仕事もしているという話もあります。
2度のオリンピックを経験し、
世界と戦い輝かしい実績を持ち、
さらに美しさと知性を兼ね備えた村主章枝さんであれば、
日本で理論派の解説者として活躍する道もあったはずです。
プロスケーターとの兼業という選択肢もあったでしょう。
もし日本に残っていれば、
現在盛り上がりを見せているミラノ・コルティナオリンピックの
フィギュアスケート解説の“顔”になっていてもおかしくありません。
それでもあえて、
アメリカへ渡るという道を選んだのはなぜなのでしょうか。
現在の仕事や年収、 そしてその選択の背景には、
「氷上の哲学者」と呼ばれた彼女の性格も関係しているのかもしれません。
そこで今回は、村主章枝さんについて次の点を整理していきます
村主章枝さんのプロフィール(wiki風)
なぜアメリカへ渡ったのか
村主章枝さんの性格
現在の仕事は(映像プロデューサーとしての確かな実績)
現在の年収
自分の人生を選ぶということ
村主章枝さんのプロフィール(wiki風)
プロフィール
生年月日 1980年12月31日(45歳)
出生地 千葉県千葉市
出身地 神奈川県横浜市鶴見区
学歴 清泉女学院中学校 清泉女学院高校
早稲田大学教育学部卒
実績
❂五輪
2002年ソルトレイクシティ五輪(5位)
2006年トリノオリンピック五輪(4位)
2年連続入賞
❂その他主なタイトル
世界選手権 銀メダル1個 、銅メダル2個
GPファイナル 2003年日本女子として初優勝
全日本選手権 5回の優勝
なぜアメリカへ渡ったのか
日本でコーチとして活動する道は十分にありました。
しかし、村主章枝さんは“日本でちやほやされる環境”を
避けたと言われています。
輝かしい実績を持つ彼女が日本でコーチをすると、
周囲が気を使い、無難な仕事を与えられ、
「自分のコーチとしての実力がどれほどなのか」
を正しく測れないと感じたようです。
そこで、あえて実績が通用しない厳しい環境──
カナダやアメリカでコーチ業を始める道を選びました。
これは、彼女の性格を考えると非常に納得のいく選択です。
村主章枝さんの性格
アメリカ行きに対して、
「なぜわざわざ厳しい環境へ?」
と疑問を持つ人は少なくありません。
しかし、彼女の性格を見ていくと、その理由が自然と見えてきます。
① “探求心”が強い
早稲田大学にはスポーツ推薦で入ることも可能でしたが、
彼女はあえて“自己推薦”を選びました。
学業とスケートの両方で評価される道を選んだのです。
これは「自分の学力がどれだけ通用するのか」を確かめたいという、
強い探求心の表れだと考えられます。
② 努力を苦にしない
フィギュアスケートの練習は深夜に及び、
普通は勉強時間を確保するのが難しい環境です。
それでも彼女はリンクで参考書を開き、
隙間時間で勉強を続けていました。
さらに彼女はインタビューで
「自分はスケートの才能がない選手。だから人の2倍も3倍も練習しなければならない」
と語っています。
あれだけの実績を持ちながらこの謙虚さ。
努力を“当たり前”と捉える性格がよく表れています。
③ 自分の力を正しく測りたい
だからこそ、
「自分のスケート理論がどこまで通用するのか」
を試すために、あえてアメリカという厳しい環境を選んだのでしょう。
現在の仕事は(映像プロデューサーとしての確かな実績)
村主章枝さんは、アメリカ西海岸でスケートコーチとして活動する一方で、
映像プロデューサーとして
短編映画『SON OF SHEBA』に参加し、
この作品がインディペンデント・ショーツ・アワードで
最優秀ファンタジー賞を受賞しています。
これは、彼女の映像制作が単なる趣味や副業ではなく、
国際的な映画祭で評価されるレベルに達していることを示しています。
さらに、短編6本・長編2本の制作に関わったとされ、
ファンタジーやホラーなど多様なジャンルに挑戦してきました。
短編作品では、
妖怪役として水中撮影に挑んだというエピソードもあり、
スケーター時代に培った身体表現力が映像の世界でも活かされています。
ジャンルは一見バラバラに見えますが、
その根底には
「人間の内面をどう表現するか」
という彼女の強い探求心が流れています。
現役時代から、
・心の揺れ
・感情の深さ
・表現の本質
をテーマに滑ってきた村主さんにとって、
映像制作は“表現の延長線上にある新しいフィールド”なのです。
将来的には、
シルク・ドゥ・ソレイユのような総合芸術作品をプロデュースしたい
という夢も語っており、
スケート・映像・身体表現が一本の線でつながっていることが分かります。
現在の年収(推定)
スケートコーチの年収(アメリカ)
アメリカのスケートコーチは時給制で働くことが一般的で、
村主さんも午前中に
複数コマのレッスンを担当していると考えられます。
たとえば、1コマあたりのレッスン料を時給40ドル、
1日に3コマ、週5日レッスンを行うモデルケースで計算すると、
【月収】 40ドル × 3コマ × 5日 × 4週 = 2,400ドル
【年収】 2,400ドル × 12ヶ月 = 28,800ドル
これを1ドル=150円で換算すると、
スケートコーチとしての安定収入は年間約432万円となります。
映像制作の年収
さらに、村主さんは午後に映像制作の仕事も継続的に受けており、
プロジェクト単位で変動はあるものの、
年間でおよそ100万〜150万円程度の収入が上乗せされていると考えられます。
推定総年収
| 収入源 | |
|---|---|
| スケート年収 | 432万円 |
| 映像制作収入 | 100万〜150万円 |
| 合計 | 532万〜582万円 |
村主章枝さんの年収は推定532万〜582万円と考えられます。
西海岸(カリフォルニア)はニューヨークほど物価が高くないため、
単身であれば年収500万〜700万円ほどで生活が成り立つと言われています。
村主さんの年収(収入)はこのラインに入っており、
スケートと映像制作の二本柱で安定した生活を送っていると考えられます。
自分の人生を選ぶということ
華やかな競技生活を終えたあとも、
村主章枝さんは自分の力で新しい人生を切り拓いてきました。
現在はアメリカ西海岸を拠点に、
午前中はスケートコーチとして安定した収入を得ながら、
午後は映像プロデューサーとして作品づくりに取り組む日々を送っています。
スケートのレッスン収入は年間約400万円前後。
そこに映像制作の仕事が加わることで、
総収入はおよそ500万〜600万円ほどに達します。
西海岸では単身であれば年収500万〜700万円で生活が成り立つと言われており、
村主さんはそのラインを自力でクリアしています。
アメリカの生活は決して甘くありません。
医療費も家賃も高く、現実は厳しい。
それでも村主さんは、スケートと映像という二つの技術を武器に、
自分の足で立ち、自分の人生を選び続けています。
華やかな舞台から離れた今も、
彼女の生き方は静かで力強く、そして誠実です。
かつて世界のトップで戦ったアスリートが、
第二の人生でもなお、
自分の力で道を切り拓いている。
その姿は、誰よりも尊敬に値するものだと感じます。

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